第五章 日本の正道と、その未来像(情智と愛智を求めて)。
(一)三尊信仰の世界(東洋流 正・反・合のヘーゲルの世界)
宗教と宗教の仏身、神身論の終局は、今まで述べた事で御解り頂けたように、東洋では多神教的宗教土壌を土台として、汎神論や本地垂迹説等にて、一つの最高神に束ねようとする努力が見られた。又概して「理と智・慈と智・陰と陽・事と理・生と死・煩悩と悟り・善と悪・無限と有限・地獄と極楽・冥界と現世・汚穢と清浄・闇と光・変易と常恒・本地と垂迹・本体(質)と現象・・・・」等の相反する性状にて説明し、本質に於いては、不一と不ニ・多即一・表裏一体・・・であるなど説明することに終始した。他方、本性(生)論・本有論にては、その考え方等ともにそれ等の関係性(縁起論)や物と者・人と物・人と人・・等の関係性、そのものまでも否定し空々漠々たるもの(空=0 何も存在しない)とした空理論等の中に、寛容と曖昧性の中に埋没さして行った。又それは、逆に、霊性(魂)の永遠性を認める結果ともなり、霊性(魂)の輪廻転生を認め「善因善果(良き種子からは良い苗が育ち、綺麗な花を咲かせ、良い実(良い子孫)がなり、反対に悪因悪果は(・・・・悪い実(悪い子孫)を残すこととなる)と云う、善因善果・悪意悪果)等の法則を受入れ、死後も、前者には極楽、後者には地獄等を用意した。悪までも建前としは、善なる神仏を理想として、人間としての人格を磨く為の手段として、倫理的理解をして受容れられた。こうして、我々の魂(霊性)は霊格を高めると云う目的意識を持たされ、形式化され儀式化されて行った。だが、真理そのもので完全無欠である最高神や仏(如来)は、常に、我々と別格の存在無き存在であった。然し、我々には宗教の云うように、我々の魂(霊性)を更に高める必要から。零であり完全無欠である最高神を最終目的として希求する必要があった。そして、理そのもの、真そのものを体として、存在も無く、無でもない存在である「宇宙意識・絶対神=絶対真(最高神・最高の仏如来・・)を覚知する為の「観想法・念誦法・祈願法・供養法・・・」等の儀軌を完成させ、最高神に少しでも近くようにと模索し、努力し続けなければならなかったのであった。
確言すれば、日本の風土に根付く為に、嘗って存在したシャーマン的神道と民族信仰、それ等が中国道教の影響を受けて、道教ナイズされて云った神道(シャーマン的神道・土着の民族信仰)等を土台として、更に、インド中国伝来の密教的洗脳を受けて行った日本の宗教観は、多民族に比類なる「穏健性・曖昧性・寛容性・無関心・・」等々の観念的融合概念等から、神秘観・神聖観等を理解せんとする宗教観を身に着けていったのである。又、それ等の思想から、他を活かし自分を空しくする仏教の空理論、儒教的空理論(中庸思想)の解釈も是とされ、又時には、曖昧性なるが故に、神道の「明(赤)き淨(きよ)き真(まこと)の心」を指標として一致し、血の通った「大和魂」を育てたのであつた。
対して、戦後の民主主義、特に言論の自由は、我々庶民の言霊信仰と呪文(道教的呪符・密教的マントラ)等への妄信的信仰と慣用性等を良い事とし、一部の人々は、神仏の加護や託宣、預言等を得た等と称し、又、自分は神仏の生まれ変り等だと吹聴し、我々の宗教観の曖昧性等と神界仏界の神秘性等に付込み、己を美化し善化し、言葉や理屈だけで、実や誠意の無い虚言「美辞麗句」等を大義名分とした言葉にて他を圧し、他を排除して、社会的に他を沫殺知ることを美徳とする輩、恰も「ギリシャのソフィスト(詭弁論者)」ような人々や自虐史観を持つ売国奴的人達を、文化人や教養人として崇め奉り、彼等が闊歩し謳歌する時代を作って行った。そしてマスコミ迄が「言論の自由を盾」としてそれ等の片棒を担ぎ、彼等を更に持ち上げた為に、怪しげなる新興宗教・偽善者・詐欺師・自虐史観者達までが、我が者顔にて、この世を謳歌し横行出来る社会をも作り上げて行った。
それは、我々の魂(霊性)の淡い夢、儚い夢としての極楽往生の夢までも剥奪し、弄び喜んだのである。そして、祖先が努力して捨てようとした鬼道を復活させ、現代人特有の倫理観、世界の非常識人、恥じを忘れた日本人と揶揄される倫理観を正当化して行ったのである。
そうした彼等の耳は、真の苦言や箴言や辛言等を忌み嫌い、甘言や数の論理に契合し、重箱の突付くような言論や行動を美徳化し、物事の本筋や真に重大な事等を見落とし、何の悔悟も反省もなく、人々を蔑み、嘲笑し、自分の国の伝統、歴史等を、自虐史観にて「悪魔や邪悪なもの」と酷評し、国民を総馬鹿と極言する「奇怪な文化人」等が、真の文化人であると自我自賛して憚らない輩達によって、悩み彷徨する現代日本の文化人達の特異な魂」が形成されたと推論出来る。此処に、管理されることを忌み嫌い、他を犠牲にしても、自分だけ過保護であることを善として、利己主義で得手勝手に行動等迄を善とするする社会形態を創出し、現実を直視する事を忌み嫌い、現実から逃避し、現実離れし、偶々無想した事等を現実と勘違いし、自立心や自律心等が無い、日本人の精神像を形成するに至ったのである。
さて、日本の宗教は、自らの宗派の本尊を敬信して、それを「理法身、法性身・自性身・理知不ニ法身・根源的存在(意根源的意識・汎神論的神仏)・・・と理論付け、その神仏を本尊として崇めて来た。又他方では、そのような神仏に成れると吹聴して、我々凡夫にもこのような大きな目的意識を持つ事にて、欲望をも抑えられ執着を離れる事が出来、天国(神仏の浄土)にも蘇生する事が出来ると指導した。
それは、先ず自我を否定し、法(環境・存在)を否定し、無我となり、三昧に入り、更に、迷える者全てを救済せんとする慈悲心を支えとして、無我(涅槃)からの脱却を謀り、自らも良く磨かれた自性心を持つ事でもあった。この行為は迷える者が全て無くなるまで、永遠に繰り返されて行くと言う大願を行ずるのが、大勝位を得た菩薩の菩薩行でもあったのである。換言すればそれは、最高位の神仏と同じ心境にて、その境界に遊ぶと云うことであり、五大願「@衆生無辺誓願度、A福智無辺誓願集、B法門無辺誓願学、C如来無辺誓願事、D菩提無上誓願証・・・・・E護持(弟子・施主)成大願」等の完全なる成就であった。
これが大乗仏教における菩薩行である。
だが、@Aの大願は、菩薩の勝慧ある者、最高位にある者の大願であり、方便門では有るが、一般の修行者等や我々には大衆と共に歩み共に悩めることは出来るが、大衆を救いたいとの気持ちはあるが、菩薩様のように勝慧無きが故に、それは儚くて遠い夢としの最終目的でもあった。
Cの大願は、日々常住坐臥の清貧と正しい修養を意味するが、不退転の心、不動心無き我々や一般修行者等には、宗教家の宗教的教導や宗教的催眠に依る概念が潜行し、信念無きままに教導された概念での形式化された心の持続がやっとであった。
DEの大願は、最高の神仏の託宣や加持の世界を意味していたが、多くの宗教家と名乗る輩の内、それ等を無想する事も望むことも度大無理な劣悪なる境地境界(心の境界)にその住心が有りながら、神仏の託宣等を得た等と称し、我が身を恥じること無く、云うことはタダであり、恥じでも何でもないとばかりに、口だけ達者であり、したり顔や一人前面をする輩等が、多く登場したり又輩出したりしたのであった。
さて「楞厳経」の説く、10種の神通力を持つ仙人の説明とは前にも述べたが、
@彼の諸々の衆生の中で、衣服を選び、食事を筒慎んで息まざれば、薬道を成就して仙人となる。これを「地行仙」と呼ぶ。
A草木を食して、身を堅固に休まざれば、薬道を成就して、飛行仙となる。
B金石、即ち、錬金術(錬丹)によって製して物を食して、その身を堅固に勤め息まざれば、化尊を成就して、遊行仙となる。
C動止を慎み、気を守りて、形を固くして息まざれば、気精が円熟して、空行仙となる。
D津液、即ち、甘露を食して、身体堅固にして休まざれば、潤徳円満にして、天行仙となる。
E雲霞の精色を吸い、日月の光華を食らいて、形を堅固にする時は、吸粋円成し、塵沢日々に去り、清虚日々に来り、通行仙となる。
F呪禁の力にて、修して休まざれば、術法円成するが故に、道行仙となる。
G想を頂門に存して、心を気海にかけて、形を堅固にして息まざれば、思億するを以って、照行仙と名付ける。
H元精を求め、交合して、以って、形を堅固にして息まざれば、感応円成せり、これを精行仙と云う。
I世の変化を感じて、形を専にして休まざれば、覚悟円成せり、これを絶行仙と云う。・・・・と。
又楞厳経は
@人としての恕(おもいやり)と反省心を養うこと。 A不殺・不邪淫・不飲酒・不妄語等の戒律と節制を守ること。 B忍耐と自重すること。 C善行を心掛け、善心を持続すること。 D精慮・調息に勤めること。
E適度の飲食・適応の睡眠。 F閑居静心・服装と威儀の精錬・・・・等を説いている。
何れも我々凡人でも努力すれば仙人に成れそうであるが、日月の光華や雲霞を喰う等の行為は、到底、生ある人間には不可能と思われる部分も多々あると思われた。
その為かどうかは確かでないが、それ等の曲解を取り除き、何らかの実証を経て納得し、正しき信念の持続を得る為の目標としての「本尊形態」が必要となったのは確かである。それが仏身(仏神)論であり、その一つに、本尊を最高として二尊の脇持を置くと云った祭祀形態、本尊の祭祀形態があった。本尊の前、左右の少し下に脇持としての二尊を祭祀する。その二尊の脇時は「完全無欠なる本尊(最高の神仏)の徳」を相対立する性状の例えば「智と慈・智と定・静と動・この世とあの世・生と死」等を担当させると云う按配であった。人間で言うと脇時の二尊は、右脳左脳に当り、この右脳左脳が何れも完全に発達機能し而も円融無碍なる人間が本尊と言うことである。このような人間は現実には存在しないが、この対比形式、対話形式による説明は解り易く、日本人の好みに適合してか、「三尊信仰と言う祭祀形態」が何時の時代からか定着して来たのであった。又、ある面では我々の「大和魂」の片寄りを是正する意味では実に大きな役割を荷ったのである。例えば「三人寄れば文殊の智恵」と云う諺のように「我国独特の思考形態の元」等となり、大和魂に謙譲の徳をも加味したのであった。
三尊信仰とは、釈迦如来が本尊とすれば、釈迦本尊を中心として、釈迦如来前の左右(脇持を左右の何れに置くかは流派にても違い、本尊から慈や智を見て脇持を置く場合や、我々から見た場合は右を慈として普賢菩薩とし、左を智として文殊菩薩とする場合等位置には流派の拘りが有る様である)の少し下段に、脇持として、普賢菩薩(釈尊の慈悲の部門を胆湯)し、文珠菩薩(釈尊の智恵の部門を担当する)を配する。又、阿弥陀如来が本尊なら、観音菩薩(阿弥陀如来の慈悲)と勢至菩薩(阿弥陀如来の智恵)を脇時として如来の知恵と知恵を代表する。薬師如来が本尊なら日光菩薩(如来の智恵)と月光菩薩(如来の慈悲)等に配すなどと云う祭祀形式である。同様に、普賢菩薩が本尊の場合は、その眷属(弟子等)の代表の智と慈ある優れた者を二人選び脇持とするのであった。
この三尊形式は、多くの仏(如来)や菩薩、明王、天部の諸尊(神々)等に応用され、各々左右二尊の脇時を選択し配属した。概して眷属の代表を脇持とする場合が多かったが、時として、本尊との係りが強い者等も選ばれていた。それは前と同様に、尊の慈悲と智恵を代表する脇時として二尊が配される形式であり、こうして、尊と二尊を併せて三尊信仰と呼ばれる祭祀形態、信仰形態(寺社の祭祀形態)が定着して行ったのである。
一説では、この形式は、密教の曼陀羅の略形式とも云われたり、三社参りの原型だという説もあるが、三と言う数は、ユダヤ密教では「介入」を意味し、人々が災害に合い助け合う姿を意味するとして、吉数と解釈する。易の漢流(象数易)では、東、春の春分点(春分の日)、陽気の出発点等に配され、色彩は緑や青等に配し、天地人(太陽・地球・人間)を具足する数であり、人気運、希望発展を意味する吉数でもあった。
又、仏教や密教等では、東を発心とし阿閼如来や降三世如来、薬師如来等の浄土等に配当し、東の浄土神仏を示す御幣の色も緑や青の希望発展等の色にしていた。又、奇しくも、日本は日出る国であり、太陽神(天照大神)を侵攻する国でもあった。起源は不詳だが、「三」と云う数は日本でも実に縁起の良い数となつたのである。
とにかく、宗教の本尊が法身(理法身・智法身、現法神、現智不二法身)の何かであっても、別に我々にとって問題はないが、諸宗教には大問題であったようである。我々と親しく直接かかわってくれる神仏は既に既知のように、宗教が云うところの報身か等流身かであったのである。
しかし以前にも述べた如く、その中に多分に鬼道部分が含まれていた。だとすると朱子の云う如くそれをコントロールして下さる理身が必要となる。それを受けて登場したのが三尊信仰であると考えた方が正しいかと思われた。これは反面、正反合にて歴史文化の発達を見たヘーゲルの弁証法的思考でもあった。
だが、三尊の信仰は、三社参りと同じく、実に多様であり、誰が最高神で誰が法性身かも分別し難くなって来たことも事実である。仏教の言葉を信ずるなら、如来様と名の付く仏様が、理法身と云えるのかも知れない。だが、言葉を変えると、 我々が本当に信ずるに値する仏様は「菩薩様以上の方々=理法身・智法身・等流法身」等である事になる。
一般の神様方としては、氏神様・大神・大権現・正一位・大明神・尊命神・・・等と名付けられた神様方も多く、日本は八百万の神様を祭祀する国であった。具体的には、天照大御神・大国主の尊・八幡大菩薩・那須大権現・正一位稲荷大明神・・・・等々となるのであろう。時代の流れは、これ等の何れの仏様(菩薩様以下の仏様達)や神様(善神達も悪鬼神、邪神達の全て)達であっても、何故か、三尊信仰の形態を整へて行ったのである。
何と云っても、とにかく宗教には、神秘性に潜む謎や方便が多過ぎるのが困り者である。そこで、少し今迄の事を整理し、前にも指摘したが、宗教の盲信(妄信)部分と誤解部分を指摘しておこう。
宗教は、自らの本尊を高め、敬信したが、その結果、自らも次の如く結論に到達したようであった。
(一)、神は時空を超越し、常恒にして真理そのもの、宇宙の根元的存在、創造主、最高の人格神、超生命体、絶対神・・・・等として覚知したのなら、それは概して主観的なものである。我々には、零としか表現出来なく、覚知することも出来ないのが、最高の神仏の存在なのである。そして、零そのものである神仏を対照的に把握せんとするなら、その考えそのものが妄執となり、方便となり、盲信となるのである。更に、主観的な把捉そのものも、又々方便となるのであり、自内証の世界なのである。
(二)、「零なる神仏」は、負加(-+)部分・・・等々を円満に包含し、創造主としての神仏によって創造されたとする自然、その営み作用(現象)、その変易や循環等、或いは、胎生・卵生・化生・・・等にて生じた・・・、森羅万象の全てを、善(善性)等とする考え方等も又盲信である。最高の神仏は、破壊と再生・・・・等々と言う矛盾を包括し、完全円満にして融通無碍だからこそ最高の神仏だからである。
(三)、空空漠々にして有的無的でもない存在なら、常恒不変で本不生的存在と解釈できる。そのような神仏に感応合一せんとし、過酷な修行したり、神通力を得る事等唯一の目的としたりする宗教が存在すること自体が不可解で怪しげ、可笑しげなものである。何故なら、我々を超越した存在が最高の神仏だからである。況や、それ等の妙力や奇跡等を信仰の対象とする輩達は、理法(神仏)を覚智することなき狂信者だからである。
(四)、神仏を尊崇敬信するのは良いが、その教(経典、儀軌)等に拘り、寺院等に祭祀された尊像等を以って神なるものの現象として敬信して、而も、それ等を真実と我執固執することは、神仏の真の御心を知ること無き詐欺師であり、或いは、気狂であり、盲信者等であり、狂信者等である。
(五)、神仏の啓示、託宣・預言・神託等と称し、それ等を即人類全体に当て嵌めようとする信仰や預言等も又盲信となる。何故ならそれは、信仰者自身(託宣を受けた者達)等に対する警告が殆どだからである。
(六)、宗教の最高の道徳律である戒律によって、人類の物欲を抑制することは善としても、人に多いなる放棄と称し、人々が努力精進して得た私有財産等を、罪深き不浄等として、払い清める為に神に捧げよ等と称し、それが贖罪になる、天国に甦生出来る等と称して、私財の棄捨を強要し、或いは、強奪し、自らの宗教の物欲を満たそうと企図する宗教等も、又、邪教・邪教師・邪信徒等となる。
(七)、何故なら、時空を越えて、神仏と感応出来得る唯一のものは、人間の持つ感情の中にのみ存在し、それは人間の持つ「知・情・意」=「愛智・情知」、即ち我々の善なる魂としの生命体に作用して、初めて得られる識作用だからである。良き種(善因)からは良き苗が育ち良き実(善果)がなると云うべきものだが、我々の魂も肉体も他からの支援が必要であり、それ等を得て、初めて魂の善化が可能となるからである。
(参考、仏教の輪廻思想は、概して農耕民族から発想された概念であり、農民の育苗種子説から育ったと言う説が定説のようだ。ヒンズー教やウパニシャット等には「二火道説や五火道説」等も提唱されている。それ等に依ると、我々の魂は一旦月に行き、雨となって地球に戻り、我々の肉体に精液となって入り、胎生となり、輪廻する等々と言う説などである。)
さて、概して、日本の宗教は、日本の風土、国民性と同じく、本音と建前を上手に使い分けたようである。
例えば、道教の説話には、康申の日に、人々の身中に宿る三尺虫は、人の寝ている間に、体より抜け出て、天上界に昇り、その人の悪事を天帝に報告すると云う・・・説話等がそれである。
この説話が、真実か方便かは別にしても、天に恥じない生き方と、人間としての良心に訴える「戒律=道徳律」としては意味深い。故に人々は、康申の日に、悪心を食い浄化して下さる金剛夜叉明王や、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿等を祭祀し、せめての1日間だけでも三猿の意味を実行し、寝ないと言う行為を以って対抗したのであろう。
そこには、せめて、その日だけでも悪行(業)しないでおこうと云う、実に素朴な信仰形態が見られたのである。反面、其処には、神仏は全てをお見通しになっていると云う宗教界の少々脅迫じみた方便が隠されていたとも考えられた。又、これは神仏に対する対する庶民のささやかな反抗でもあるが、宗教界が庶民に好かれたいと云う思惑やら、庶民の味方だと思われたい意図が見え隠れしており、神仏がお許しになると言う我が勝手な解釈をも混入させ、それこそ得手勝手な解釈を横行可能にして行ったのであった。
また、道教の神か仏教の仏かは定かでないが、閻魔大王は妹のナミーと共に奈落(地獄)に赴き、人間として始めて死を経験し、人間の祖先となったと云う、御周知の地獄の閻魔大王は宗教ナイズされ、かの閻魔張(鏡)にて、生前の悪事(悪業)を判じ、死者の魂を地獄行きにするか天国行かを決めると云う説話が経に記述されている。又、インドの説話の記載去れている閻魔大王はヤミーと共に奈落(地獄・死後の世界・異世界)に住みし最初の住人とある。
実に世俗的であるが、現代国家の法律が現世を律する法とするなら、この閻魔経は死後の律する法律として、我々の現実の法律と同様に、人間としての現世での生き方を律する意味に於いては、その時代時代に於いて立派にその役目を果たして来たたと言えるものなのかもしれない。
だが、天国行の切符は、現実にはキリスト教に於ける免罪符の様に、その時代の一部の権力者や富者達に応用されたのであった。その為に「地獄の沙汰も金次第」と風刺されたのである。又、我々庶民も等しく三途の川を渡る船賃として、六文銭を「三途の川の番人」の婆さんに渡す為に用意する事ともなった。
さて、日本の薬師如来がインドの天女であっても、七福神の一人、大黒天がインドの大悪魔、大暗黒(カリー=死神)等と訳される神であっても、それはそれで良いのだが、インドの茶吉尼天(日本では通称稲荷様・稲穂大明神+茶吉尼天=豊川稲荷)は不浄(死肉・糞等)等を食料とする神様であるが、密教にては、この尊を最秘密神とし、天皇の一大事の時に茶吉尼天法(密教の最秘法)が修法されている。各々の国で同じ尊神でも善神として信仰されたり、或いは邪悪神として忌み嫌われたり、財神智福神等として尊崇されたりしているが、この形態は日本にては殊に顕著であり、大自在天即ちインド、ヒンズー教のシバアー神の破壊と再生等の神としての神徳が、此処日本では、我々に財や御利益を与える智福神であり、我々を守護する守護神等に変化したりしている。又、幽霊(怨霊)のお岩様が正一位お岩稲荷大明神となり、神様として祭祀されると云う事等は我々にとっては日常茶飯事ではり、又此処では、宗教者(鬼道師達)や庶民が時の権力者達への竹箆返しとも言えるものも多々見られるのであった。
即ち、心の病を治す神、心の豊さ、平安を満たす神、物への執着等を取り除く神としてなら、薬師如来は医王にて、インドにては、大きな水瓶(薬壷)に拠りかかる女神像であっても、日本では薬壷を手に持つ男神象であっても、何の拘りもなく、全ての物を薬に変えて、我々の生命力に活力を与えてくださる如来様なのである。又、茶吉尼天は稲荷陀明神として商売繁盛の福の神様となり、人間に利益を与える代わりに、利益を授けた者(信仰者・供養者)等が死すれば、その死肉や肝を喰らわす事を約束して後、他の人間の隠し持った秘密を探りあて、それを信仰者・供養者・修行者等に報告して、信仰者等はそれを利用する事によって利益を供与され、利益を生むと言う要領にて、お稲荷様は信仰者等の生前での生活の糧と長寿を約束してくれる神様であった。大黒天様はカリー=死神として、他の人間の寿命を認知し、同じく己が信仰者等にその情報を授け、長命をも繋ぎとめた。大黒様はこのようにして信仰者等に他人の財と食物を以って豊かさを授ける生前の寿福を約束する福神となった。但し、信仰者等は死後の肉体の全てと、三年間の毎日を焚いた御飯を供え、至心に呪文を唱え、供養し祭祀する条件を約束して、それを実行した者に、財と富、健康富む長寿を約束したのであった。こうして、薬師如来は如来の中の如来としての医王であり、別格の最高の人格神となり、茶吉尼天や大黒天は、守護神として、正道の護法神としての善鬼神、商売繁盛の福財神等となり、大明神の名を得るに至ったのであった。
だとすると、ここで、我々は、善神が邪神や悪鬼神等を教化教導するのではなく、邪神や悪鬼神等の禁忌や約束等を守り祭祀し、邪神や悪鬼神等が正しく邪神や悪鬼神等として存在する時に善神化することとなるようだ。又その取引の仲介役や双方が約束を遵守するよう説得してくれるのが善神だと解せられた。
又、武器として使われた邪神等も善神の教化によって善神化をするのではなく、邪神本来の姿であることが重要で、そのままの特性が抑止力となったのである。つまり、我々との係り方に於いて、望みの種類にて、我々が信仰している本尊(善神)が、勝手に善神等か悪鬼神等が良いかを選択してくれるのが殆どであるが、我々が直接、悪鬼神に依頼したケースが前述の約束が重要な要素であると解釈出来そうである。
それは又、我々が彼等邪神達等を支配使役したのでなく、尊崇し敬信しながら従属し、共生しようとしたからこそ彼等邪神達等と縁結び出来たと云うべきものであった。
又一方では、邪神達の契約違反に対する罰としての祟りが恐ろしいが故に、邪神を教化したとされる善神達やそれ以上の強大な力を持つ邪神の親分格の魔王等に助けを請う為に泣き付いたと云われている説もあり、それが妥当だと思われる節もあるが、少々納得し難い点も多かったのである。
即ち、ある面では、宗教が善神と規定した神々によって、人間の本性を善と洞察し、その開発の努力と精進を怠り、人間の本能のままに生きる事を教導するなら、それは間違いなく節制なき社会を作る事となり、人間に取っては邪神等であり、それを信ずる宗教は当然邪教と云えるものになる事だろう。
逆に邪神等と言われても、不浄を喜び、戦争、殺害を好む性情があっても、不浄物を喰い、邪悪なる心を喰う神であるなら、逆に人間にとっては善神であり、善鬼神にもなり得ると判断が出来るからである。
ここに、宗教の神仏の中にも中庸があり、節度があり、方便としての神秘と矛盾があり、人間の傲慢性と貪欲等が隠されていたのである。我々は、如何に固執することなき条理と、慈愛のもとに宗教を見なければならないかを、又々思い知らされるのであった。
宗教が云う如く、神仏が人間の善悪を越えた真理そのもの、善そのものなら、その神仏は人間の理想としての最高存在ではあるが、我々とは無縁であり、我々の願い祈りは空しいものとなるだろう。
若し仮に、神仏が最高の根元的存在にしても、最高意識、宇宙の活力源であり、「零」的存在と云えるもので、慈悲があり、我々を救済せんとして、涅槃の安穏を捨て、我々の方に向き直ってくれるなら、却って、暖かみのある最高の人格神となる。つまり、我々の中に内在するものと相通じ、開発し高める事が出来る可能性がある。そこに宗教の正道が存在するのでなければならないである。
三尊信仰の形態は我々のこうした果てしない疑問に、一光明を与えるものとして登場したと考えられるなら、本尊は完全無欠にして空空漠々存在で有ったとしても、その主尊の脇時、その一尊の役割は、尊の智を分担し、智は名刀の如く煩悩を破壊する作用があり、この意味に於いては破壊神であり、邪悪神なのである。対して、脇時のもう一尊の役割は、本尊の慈悲を司ると云う。慈悲は花の如く優しく、我々の心を和ませ、包み込み抱擁してくれることから、我々の心に寛恕を養い、創造性を豊にし、総合の関係性(因縁生起)を潤滑油として、悪心をも善心化してくれる慈神であり、善神なのである。つまり、二尊の脇持が破壊と再生を司り、その二尊を超えてコントロールし、超えて、平穏平安を保ち理・合(理智不ニ法身)であるのが本尊なのである。
さて要は、この脇時二神の智と慈の対立等から生み出される中庸、即ち、相対立する性状例えば生と死、陰と陽、光と闇、男と女・・・・等々を超えた存在、両極の中間では無くそれを超えた中有(中陰)的思考、時空を越えた思念、絶対空、止観、禅那、正思惟・・・等々から推し量る事に依って、序々に我々の魂(精神)も高められて、本尊との感応や対話等が可能となり、潜在意識の最下位にある無意識領域に作用し、言葉無き言葉にて、本尊としの真理等を把捉する事が可能だと云う意味に於いて、正に「如是我聞」であり、其処には、我々が、生命体そのものに到るまで、浄化されて続けて行く過程があり、それを「果分」にて具体化し象徴化し尊象化・・・・等をしたものが「三尊信仰」と云えるものであった。その思考方法は西欧のヘーゲルの弁証法に似ているから不思議なのでである。
だとすると、宗教の思索方法の中に、科学・哲学・物理・・・等とは逆抗しているとしながら、真理そのものへ即せんと探求して、最終目的(真理の追究)を遂行する限り、宗教の「智」=「空」=「破壊」=「理知不ニ」=「再生」=禅那・・・等の中に包含されるものであり、相対立する性状から真理そのものに即せんとするのは、宗教家の我執でもあり、科学者や哲学者・・・等の過信であると言えそうである。何故なら、真理は追究する限り、益々巨大化し無限化するものであり、それ等を包含するものだからである。
又、法学・政治・経済・社会・芸術・文化・心理・倫理・道徳・・・等を研究する学者達が、我々の魂=精神の安寧を目的として、温故知新・自然淘汰・環境への適応と順応等々、人間が人間として有り方を模索するものであるなら、それは又、宗教の「慈」=「愛」=「情理」=「輪廻」=「煩悩」=「仏生」=性善性悪説・・・・等に包含されるものであり、相対立するものではない。
概して、相対立するとの考えは宗教家やその信仰者達の選民意識と、その教祖達の巧みな外儀的催眠から派生したものと云える。又、学者達の学説は、時代時代に貴族や民衆等に多々契合傾向にあったからでもあった。このような学究態度にて、更に、固執し、相対立さして行ったのであろう。その為に現実を醜い修羅社会と断定するのが、東洋、特に日本の宗教なのである。
さて、宗教の最高とする仏神(身)論の終局は、今迄述べて来た事でお解り頂けたように、理と智・陰と陽・原理と作用・理と事・・・等々のように相反する性状の関係性(縁起)を空として否定し尽くする空理論、全てが心の所生とする唯識論の阿頼耶識にて体得出来る完全円満な超真正、その真理を体として、自らの現象等迄をも制御できる霊性(意志)を持ち、常恒にして本不生、生死、理知を超絶した次元を超えた存在無き存在としての絶対真・絶対神(仏)であり、創造主であり、宇宙の根源・宇宙意識・超生命体・・・・等々への感応合一を希求し、自らの宗教の最高神(本尊)としたのであった。
だが、他方我々と神仏と体性(元素的)に同一性とする思想は、絶対的神性であり完全無欠なる最高神仏にも我々を救済すると言う最高の人格神を希求することに為って行った。
此処に矛盾があり、我々には「生命体そのものになる事」は「単なる死を選ぶ事」との意味よりも過酷なものであり、超無理難題であり、死を賭してもとても不可能であると諦めなければ事柄だったのである。仮にそれが出来たと仮定しても、それは宗教家達の云うように、最高神仏の加持にてやっと実現する加持成仏の世界(刹那成仏・成仏の擬似体験)の世界だったのである。
宗教家達の説く解脱観にて、如何なる人でも必ず解脱出来るとの洗礼を受けた弟子達は、教祖(開祖)が説きし教義は真理そのもの、神仏が説きしものだと信じて行った。論理上不都合が生じると、教祖そのものもが神仏であり、神仏の子・代弁者・悟りの体得者・・・・等とするに到って答弁するのであった。それがその後、弟子達に語り継がれて更に神格化して行き、教義化・儀式化・体系化・・・等をして行く過程に於いて、三尊信仰の形態を取る対話形式が発達し、教理をも具体化する形式を取る事に依って、都合よく昇華して行った(如是我聞形式)のであった。
三尊信仰の世界は理を体とすれば、智慈はその相であり現象となる等々と云う思想を別にすれば、中国の宋の儒学者達が宇宙は、理を体として陰陽の二気から成立しているとするとし、万物は相反する性状の陰陽の交錯(比和・相生・相剋)にて生じ、陰陽は気であり、その陰陽の作用をコントロールしているのが理であると説く朱子学の思想等に著しく類似していた。又、気は精神作用・霊性的作用とも解釈出来ることから、関係性と意訳出来る仏教の智恵である縁起(縁起空)にも類似し、全てが心の所生にて識のみが真の存在(理・理法身)であると云う仏教の慈悲門、唯識論にも類似している。法相宗(唯識)では衆生と共にあり、気(陰)の人間に取って不都合な要素、即ち魔性部分の鬼(魂)を煩悩と見て、怨敵迄を平等に全ての魂を救済せんとする仏教の説く仏菩薩の慈悲にて、我々の潜在意識下の善性を開発覚醒させて「阿頼耶識(真如)縁起」を満足さすものとなると語ったのである。
さて、真言宗の開祖空海は大日経にて、「加とは、仏日の光が、行者の心水に映ずるを云い、持とは、行者の心水が、仏日の光を受持するを云う・・・・」との経意を「加持力=加持祈祷」の原典とした事を受けて彼の弟子達は、「本尊の加被力と、行者と信者の功徳力が、信を通じて、意気投合し、お互いに、融和感応して、信者の本来持つ功徳力が開眼されて効験となる。・・・・」解釈した。これは現世利益を宗とする祈祷宗の誕生でもあり、その哲学的な理論付けでもあった。
この極めて東洋的な三位一体説は、従来の以心伝心、師子相承、口承伝承、血脈相承・・・等の東洋的伝承基盤を土台として、古来の呪術信仰や仙人伝説・聖霊等の俗信仰等々に見られる呪符・呪文・邪霊邪神等の魔力妖力・・・等を始め、それ等を崇め奉り、駆使せんとする行者・巫女・依坐(ヨリマシ)・口寄せ(イタコ)・その他の霊媒霊観師・・・等のあらゆる行為を正当化して行く事となり、更に、本尊と行者と信者が祈願等を通じて意気投合して、神仏と融和感応して得られる効験・功徳・神通力・・・等、そのものが目的化され神格化されて行き、その効験の確かさを実証せんとして、鈎招の法や本尊の脇時としての地位や資格を持つ神仏等が登場することにもなって行った。
こうして本尊を主体として、説法行者(宣布者)と祈祷行者(神通力を実証した者)等を脇持としたり、説法行者と霊感師(霊媒・霊感)等を脇持としたりするなどの形式にて、前述の三尊信仰の様変わりした形態、三尊信仰の変態形式等が登場し一部定着して行った。例えば、不動尊(不動明王)の脇時は通常は不動尊を守護する矜羯羅(コンカラ)童子・制叱迦(セイタカ)童子であるが、変態型では神変大菩薩(役の行者、前鬼後鬼を従え神通無辺、修験道の祖として祭祀)と弘法大師(真言宗の開祖空海、不動尊法を伝える)を脇持として祭祀したりしている類式が多々見受けられる事となった。
何れにしろ、この三尊形式は「過去・現在・未来」や「異次元世界・自内証(心的世界)」等を上手く説明出来る方法として「如是我聞」であり、人類の理想である「解脱・悟り・悟道・涅槃・・・」等をも脇持二尊対立させることにて説明せんとする正に「如是我聞」であり、実に巧妙に我々に納得できる方便にて仮悟を実証せんと試みていると云うべきであった。
嘗って、羅漢様が「独覚・縁覚」を目指して過酷な修行に絶えた。その姿を大乗家(大衆部)は小乗と揶揄した。だが、実際は大乗家達が、過酷な修行に耐え切れない人々、「解脱」とは到底並みの人間には不可能と認識した人達が、大乗仏教を作り出したというのが本音であり真実なのであるようだ。
真の解脱者はそれこそ仏教の開祖釈迦如来か、釈尊が説く伝説上の仏如来しか、過去現在未来に存在する事が無いと知り、彼の仏如来達に縋り付き、何とかしてもらうより方法がないとして、釈迦に変わる未来仏として、弥勒菩薩の再来を希求したのであつた。
信仰形態は自力門(小乗教・禅宗系)〜自他不ニ門(天台真言宗系・修験道陰陽道・神道一部)、更には他力門(真宗・念仏系・日蓮系等)へと推移した要因もこの辺にもあったのであろう。
三尊信仰の世界はこういった大乗思想の上に定着して行った。脇持を我々の思考範囲に届く範囲に下げることにて、我々の守護神や守護霊・・・等として意義付けが可能となり、方便門が完成し、輪廻の思想概念も不都合では無くなり、最終目的の解脱と言う意味も現実味を帯びた説明が可能だからである。故に、三尊信仰と云う祭祀形態は永く信仰の対象と成り得るだろう。三尊信仰は東洋流でもあり日本流である「寛恕と自戒を含む思考形態」の最高の方法であるからである。