第三章 闇の主宰者鬼道(宗教の本尊論)
(一)一般民衆と鬼道(鬼神)とのかかわり方
この章では、我々の心の問題と鬼道との関係を考えて見たい。人間の科学的思考、技術等には著しい発展は見られるが、感情思考には「精神面、感情面、情緒面」での向上性は今も昔も余り大きな差異は無い様にも思われるからである。
さて、悪夢は、我々の思考が一時的に停止した状態の中で起り、錯覚と誤解の中で惑乱し、正道と鬼道の狭間に潜む闇の主宰者鬼道師達に良い様に操られていると思うからである。
ところで、前章の鬼道法の発達にて、我々は次ぎの様な事柄を理解する事が出来た。 [我々は、如何にして生まれ、如何なる生き方を選び、成長し、老いて、何処へ行く(死す)のか]と云う、我々のこの素朴で単純と思われる[質問]は、実は非常な超難問だった。それこそ、神のみぞ知り給うことだろう。
其処では、我々が「安寧生きたい、無難に生きたい」との願いとは裏腹に「世の無情無常」に平静を失い、マイナスのイメージを抱き、悪夢や煩悩、妄執と欲望の中で狂奔する人間像を悲劇的に見たに過ぎない。
その妄執と欲望とは、我々には時として核爆弾を抱えているようなものであり、「科学技術にて全ての事柄が支配解決可能である」等の人間の夢想(妄執)からの過信と傲慢と支配欲名声欲(欲望)・・等から出発していた。人間は如何に生きるべきか、他との共生をどうしたら阻害する事無く円滑に出来るか、子孫に何を遺産として残すベきか・・・・・等々の問いを殆ど問質すことはしなかったからである。
この問題を真正面から取り組んだのは、一部の真の宗教であり宗教家だが存在した。此処では、人間の生き様自体が何よりも最重要だと考えられべきだったと主張した。
サンスクリットの「タトハ-グァタ」は「去るが如し、来るが如し」と言う意味で、如来様と漢訳された最高の仏様の尊称であり、生と死に対する問いであり答えであった。タトハ-グァタ」とは変易そのものであり、存在そのものであり、人間を意味する言葉でもあつたのである。
さて、少し余談となるが、我々の脳には右脳、左脳、総合中枢、大脳、小脳・・・等呼称されるものがあり、右脳左脳は知的思考と感情思考、前頭葉(総合中枢)が総合判断等・・・・等を分担している。
仏教密教の作法に「五体投地・五体加持・護身法」等と言われる「礼拝法・観念法・護身法」等があるが、その中の五体加持によると、左手を知恵の文殊菩薩に配当し、右手を慈悲(禅定)司る普賢菩薩に配当して、心臓は軍茶利夜叉明王・肺を大威徳明王・腎蔵を金剛夜叉明王・・・等に配当して淨心・淨身となる観想法をしている。
現代科学の知識では、左右両手を全く同じ様に発達させると、我々は分裂症か早死にすると言われている。左右の脳も同じで完全なるバランスを保つ事は不都合にて、何れかに少々片寄る事が正常な精神と息災寿命を保てると言えるらしい。
宗教の最高とする神仏とは「完全なる智恵+完全なる慈悲を円満具足した神仏」となる。これは我々普通の人間として生命がある限り、このような解脱(覚者)者になるのは到底望めないと言う証明でもあった。
又、宗教の言う事を信じるなら、感情思考=慈悲=右手(左脳)が善玉で善霊となり、知的思考=差別智=智恵(右脳)は悪玉で悪霊となるようである。我々の霊魂は死後、善玉=魂は天国(極楽)行き、悪玉=魄は地獄巡り等の輪廻転生となる。だとすると、我々の霊魂=心の内で、宗教の救いの対象となるのはこの悪玉であり、即ち「知的科学的思考を分担している右脳」と云う事になる。
宗教が煩悩として捨てようとしたのはこの世俗的科学的智恵であり、神仏の空智、完全智では無い事は云うまでも無い。我々には宗教の言う「佛智神智・神仏の慈悲救済」等と言われる言葉は不可思議性が強く今一明確性に欠けるが、宗教の言うように「世俗的科学的考察」を捨てたなら「空なる世界」にて、神仏の加持にて、感応や合一がなされ、心識を超えて、悪玉が「神仏の完全なる智恵と慈悲」に浄化され、神仏と「一如・不二・而二・即身・即身・・・」等と成れると言う。つまり「近似解脱体験が得られる」等と云うことも真理だと思われるから不思議である。
だが、宗教自身が指摘するように「御仏(菩薩)の慈悲は衆生の解脱と言う救済目的なくしては有り得ず、平等利益であり、あるがままに存在できる・・・」事等が必要充分条件として課せられと言うのは当然であるが、神仏の妙力加持力にて開発される我々霊性が、我我が本来持つ魂が善性だと多分に期待した考えであった。 何度も述べるように、それは我々の魂が輪廻してやっと得られる「刹那的な近似解脱」のであり、本来具有しているもので無く、神仏の加持力にて開発されたものであった。
私考出来る範囲では我々の魂の救いとは「知的科学的思考」に片寄りすぎた悪玉(悪霊)の是正にあるとの結論となるが、逆にそれが、恕と慈悲、感情思考等に影響し、感情部分(善玉=善霊)の悪玉邪霊の欲望を増大させ、その一部も死後肉体と密着し、一部は母なる大地に帰り、一部は我が子孫やその他にも作用し「悪因縁・悪影響・・・」等を与え輪廻するという奇妙な回答も真理だと言えるものであった。
即ち「善因善果・悪因悪果」と言う世俗の倫理法則の超越とも、世俗的善悪論とも言える悪玉に棲む善玉の一部の意識を目的意識の中で変革して、神仏の加持力にて、悪玉を浄化して、転じて、得られるものが「刹那的近似解脱」と云えるものだろう。 筆者の浅博なる知識は此処でも邪魔しているようである。
それはともかく、現代の我々は人間の心は神仏同様神秘で不可知ではあるが、概して「知、情、意」の三種の働きがあること既に知っている。それは大きくは、物の理を知る「情知=悪玉」と愛する事を感じる「愛染(禅)=愛智=善玉」に区別できる。
情知とは意(認識)に支えられ、意には感情の奥底にある潜在意識(想像力の世界=幻想、幻覚の世界=業(カルマ、行為)の世界=執着、煩悩、邪性の世界)等の領域と、その更に奥底にある深層意識(理知の世界=無我の世界=神仏との感応の世界=人類に共通で普遍の託宣を有する世界)等の領域とが存在していると考えられた。
又、愛智=愛染(禅)とは動物的本能の世界に支配され、肉体の五感(眼、耳、鼻、舌、身)を通じて潜在意識と結び付く場合と、食欲の本能や性欲の本能を通じて潜在意識結び付く場合とがある。
それを宗教は潜在意識の領域、魑魅魍魎や妖怪の棲む幻想の意識と、本能に通じる欲望(愛染=愛智に通ずるもの)等の意識を精神統一の邪魔をする〈邪悪なもの・魔性のもの〉等として、煩悩として、鬼神や妖怪、幽霊等として排除しようと試みた。しかし、一体化した精神構造はなかなか都合良く切り離し出来るものではなかったようだ。
そこに我々も宗教も試行錯誤を繰り返さなければならなかった事を理解したのであった。
前章にて何度も述べたように、中世に入り、東洋の宗教は自宗の本尊である神仏の世界を我々の目指す最終の理想社会(神仏の世界=極楽天国浄土等)として、こぞつて、荘厳と真善美と清浄と普遍と不変と財宝に富み、全てに満足と充足があり、合理な夢の様な素晴らしき世界を用意し、それを賛美し極限を越えた極真、極楽、極美、常恒、淨劫・・等と褒め契った。
対して、我々の住む現世(この世)は俗悪で、汚れ、醜く、憤懣に満ち満ちた世界であるとイメージした。
そして、我々の生前の宿縁(業)と今世での積善と徳養(修行)と清貧(清廉)を善因とする善行と、「貪、瞋、痴」等の三毒を悪因とする悪行等との軽重によって、神仏の国(浄土、極楽、天国)に生まれ変われるとか、地獄(三悪趣=修羅界、畜生界、餓鬼界)に堕ちるとかが決まると言う経典群[地蔵十王経、中陰経、地蔵菩薩本願経、閻魔(羅)授記勧修生七斎功徳経、梵網経、大宝積経・・・等]まで利用し、その思想の裏付けをして行った。
それは或る一面では、我々の世俗での最高の慣習法として、我々の道徳律として、極最近までその価値を有していた。だが、時の支配者や権力者達の専制や支配の道具として都合の良いようにも応用された。そしてそれは又、皮肉にも、我々の歪曲した知的科学思考等を制限する意味で多大の貢献をしたのであった。 (参考、仏教では地獄と極楽(浄土)、道教では地獄と神界(天界、仙界、桃源郷)、儒教では陰(闇)と陽(光)との世界(陰と陽を支配するのが理)、神道では黄泉の国(冥界)と高天原等として、一応、悪魔悪神等の住む賊悪なる魔界と善霊や善神仏の住む理想世界を区別していた。)
たが、東洋の宗教が云う現世は何時も一貫して俗悪な世界なのであった。
縁起論とは我執「貪嗔痴」転じて十二因縁となり、「彼あるが故に、是あり、是あるが故に、彼あり」となる。つまり、過去の要因が現在の果となり、現在の果が要因となり未来の結果となる・・・・という複雑に絡み合って、欲望が増大する過程や関係を意味する。而も、それ自体を妄想煩悩だとして、竜樹の「八不掲・三千三諦の否定」空理論の洗礼が必要と言われるものであった。それから遠離する方法が八正道(不殺生・不邪淫・不妄語・不騎語、不悪口、不両舌、不慳貪、不邪見)である。対して、彼等鬼道師達はこれ等を単純な因果論と単純な輪廻転生説等に変えて混在さして行った。そして、人間の宿命論定命論へと発展させて行ったのである。
月蔵経、法滅尽経、弥勒下生品等には、釈迦如来の預言と云われる〈末法、像法、正法〉が説明されている。正法とは釈迦如来の滅後、五百年間は正しく釈迦如来の教えが伝えられる時期であり、その後の壱千年間は像法と云われ、如来の教えに形式的には似てはいるが真意はやや曲解される時期を言う。その後は末法の時期となり、如来の教えに耳を貸す事はなく、世は乱れに乱れ、次第に地獄界の様相呈するだろうと説いている。この末法を救済するのは弥勒菩薩で、今から彼の誕生迄、二億五千年程末法の世が続くと云われている。しかし、これを憐れみて、救世主弥勒菩薩誕生まで、この世は[俺が護る]と出現してくれたのが、地蔵菩薩様であると云う。
これ等の事は先の法滅尽経の文を紹介した時に説明したように、開祖や教祖が後世の弟子達に残した遺戒であり、後世の不肖の弟子達を戒める為のもの預言だったと言うのか一応定説なのである。
こうした宗教的土壌に対しても、我々の先祖は極最近まで、日本の社会風土の中で、権力者や宗教家とは無関係な「イッケ・マキ」と呼ばれる同族血縁的村落共同体意識を持ち、「ツボ・ホラ」等と呼ばれる地縁的共同体意識を芽生えさせ何とか助け合いしてきたのであった。又、「結い(ユイ)」と言う、お返しの義務を負うボランティア的労力の総合扶助組織も存在していた。又、巡礼・遍路・乞食等といった「無賃旅行者」にも施しをした。村八分の人でも、火事や葬式、地震台風の天災・・等には仲間に入れて、長を中心に村全体となって事に当たったのである。これが、日本の生活の智恵であり、共生をも思考した日本人の優しさと言うべきものであった。
ところが宗教は無常にも「像法や末法」の世になるのは我々庶民が悪いように、而も無知だからこうなつたと嘯き、又、こうなる運命のように、他人事のように説明したのであった。
我々先祖一部は像法や末法期の世をボテヤキながら自暴自棄なる解釈をした。宗教は我々凡人には現世では魂の安らぎどころか一時の心の平安すら得る事は不可能だとの「自己催眠・自己暗示」を抱かせる事に成功して行ったようである。
又、我々先祖の一部も又その自己暗示の落とし穴に落ち、「世に神も仏もないものか・・・」と我が身の非力と虚無と無気力を嘆きつつ、万物は常に変移すると云う無常観を無慈悲で情愛がなく冷酷だとの意味を含めて無情観に変え、更には「出世間(出家・隠遁)」を「厭世から逃げる・浄土に行ける」等の思想に変えて、厭世思想をも生み出していった。一時期の天災や飢饉、世の動乱は益々末法思想等を強める結果ともなり、神仏の慈悲に縋り着かんとする盲信的な他力本願の思想をも胎動さしたのである。然し、我々の先祖の大半は誰にも頼れない事を知り「泣く子と地頭に勝てぬ・・・」とばかり、佛頂面にて真意を隠し、表面的な信仰とは別に良い意味での独特の活淡性なる「大和魂」を育て続けた。其処には怪しげな宗教的洗脳も届かず、又、不要だったのである。
(参考、ある学者は、インド人魂を「思索の中の抵抗無き抵抗」と云えるなら、中国人魂は「陰湿の中で彷徨する中華思想」となり、我国の大和魂は「活淡の中の多様性」と分析していた。
さて、過酷な修業に耐え、自己のみ悟りを開こうと頑張る道を自力門(声聞乗、縁覚乗等の小乗門・日本の禅宗がこれに当る)と云う・ 神仏の慈悲や加護のみを信じ希求する道は他力門(専心念仏や念仏往生や念仏本願等の信心は他力門である。浄土真宗、真宗、日蓮宗、念仏宗等がこれに当る。)と云う。 他に、自力門と他力門との中間の不二門(真言宗、天台宗)がある。時代的に大別すると、概して、奈良時代の頃までの宗教は自力門が多く、平安時代の頃が不二門、鎌倉時代以後は、禅宗を除き他力門が主流である。前述の厭世思想は他力門=極楽往生説の裏返し的模擬思想だと思われる。)
我々一般庶民は、何時の時代でも同じだが、社会という集団の中で、日々の生活苦に追われ、[神仏とは先祖様同様、有難く、モッタイナイもので、粗末にすると罰が当たる。]と云うぐらいの知識しかない。故に、旧来のままの信仰形態を維持し続けようとする無難な保守組と、偉い人達の云うことは間違い無いだろうとする新物食い組とが混在した。前者の保守組は自然崇拝や神話の伝承、呪術的俗信仰等に浸りながらも、コッコッと一生懸命に日々を過ごそうとしている一般大衆、所謂下層階級の貧乏人達の大半であった。対して、後者は所謂、文化人で富裕な人が多く、日々の生活に少々飽きがきており、宗教の云う厭世思想や極楽往生説等に共感を覚えて、宗教家に洗脳されて行ったのが進歩的文化人所謂教養人等と評される上流階級とそれに諂う中間層人々であった。又、これ等何れにも属しない「放浪の民・放浪の文化人」等と呼べる枠外の人々も存在していた。又、 西欧的にはジプシー・ヒッピーと呼称される民もおるが、日本にも無宿人、浮浪者、落人、乱波・・・等と呼ばれる人々もいた。奇妙な事に西欧も東洋も最終的には中間層や下層階級から出でた「放浪の文化人」等と称される変人的文化教養人達によって社会構造が変革され支えられてきたとも一部の学者は指摘しているのも頷ける。
歴史等の体感迄も遺伝し、輪廻とする説の一例としては、現代の母親が子供の頃に両親等に虐待されて育つと、その母親は知らず知らずに自分の子供を虐待すると言われ、その子供は性格的に情緒不安定となり、少々歪曲し歪となり、虐められっ子になるか、逆に、虐めっ子になるかの何れかを選択すると言われ、遺伝となり、子や孫、子孫に輪廻するとも言われ、恰も、前術した蠱毒法の呪禁師の家系を継ぐ霊感師に類似ているとも言えそうである。これ等の事を大きく精神史の中でも遺伝し輪廻すると云えるなら、戦争を両親(先祖)や社会に虐められたと錯覚した戦後の文化人が我国の歴史を自虐史的にみるのも何とか理解できそうだ。又、人類的に多様種の混血である日本人の心の内なる弱点なのかもしれない。
ところで、現代人の我々でも「神と仏との差異」を明確に説明せよと云われると言葉に窮する。まして、我々の先祖でも一部の卓越した人々を除き我々同様の知識以上だったとは云い難い。幸か不幸かは別にすれば実にあらゆる面で洗脳し易い(騙し易い)「異種多様の多民族の混血を持つ世界でも類を見ない島国人種」だつたのである。
我々は其処では、自然の変化(四季)の変易性から、共通するもの、不変なるもの、普遍なるもの・・・等の精神的支えを希求して行った。統御し統帥する指導者達、我々が真に頼れ随える支配者達、我々を救済してくれる心優しき神仏・・・・等の存在が、共存に必要と認めて、それ等を希求して行ったのである。これが先祖の心であり魂である。それが遺伝子となって子孫にも輪廻し波及して行った。実に、洗脳し易き人種の誕生であり、無口で反抗なき従順性もあるが、良く人の顔色を窺う日本人の性格となった。
さて、宗教の神道は多神教ではあるが天御中主神を主尊と位置付け「宇宙の創造主」にして、宇宙の真性、宇宙の根源精神、宇宙の活力であり、時空を超越し不可知で神秘にして霊妙、巨大な霊能力があるとした。又、秘尊的だが一応主尊とした。
他方、仏教では、一応開祖は釈迦であるが、経主(教主)にて大別すると「釈迦教、弥陀教、大日教」との分類になる。奈良時代の高僧行基は、天照大神の御託宣と称して東大寺に大仏(摩訶毘盧遮那仏)を建立した。天照大神の本地は毘盧遮那仏=大日如来=太陽との解釈であった。この時代では、華厳経に説く大日如来が大仏であり、釈迦の覚性=大日であった。これが、神仏習合の走りとなり、後の本地垂迹を胎動さす大きな牽引となつた事柄の一である。
更に、理に即した生き方を説く儒教も、西晋時代の葛洪等の周易参同契や抱朴子等の著書見られる様に宗教化し開祖等を神格化して行った。この点では道教も同じであるが、特に儒教は「神仙を理想と説く道教」等にかなり感化されて来たようである。
同様に、日本の聖徳太子の時代にこれ等の影響を受けるが、彼等によって日本古来の神道と中国の儒教や道教との思想の融合が企図されていた。
対して、仏教側は仏陀(釈迦の覚性)は時空を超越した真性そのもの、宇宙の根源精神そのもの・・と説明し、それ等を覚智したもの一体化した覚者だと定義した。そして、神道の天御中主神や天照大神等であっても、未だ、[有情(執着)が有り、創造主としてのコダワリが有る。]と云い、仏陀(釈迦)にはそれがないと主張した。
何のことはない、儒、道、神の連合の神と仏教の仏等との優劣論争である。この論争に終止符を打つ牽引車の役割を果たしたのは、前述の神仏融合(習合)論を兼ねた本地垂迹説であった。つまり、仏が本地で、神が垂迹とする考え方で、平安時代に密教が隆盛となってからは、一応の問題を残しながらも、この考えに、他宗教も同調していった。正に、日本的融合の仕方であり、インド密教的融合の仕方の変態形だとも云える融合論であった。 さて、この本地垂迹説は宗教界の思想的対立を緩和させる意味では著しい効果もたらした。
たが、一般大衆には神と仏は同一と考えられた。村の鎮守の祭神(氏神様)が、何時の間にか、稲荷様になろうと、茶吉尼天様になろうと、八幡様が八幡大菩薩様(五世紀前後の第十五代天皇、応神天皇のことで治世中、百済、新羅から学者や技術者達が来日たり、中国からの渡来人も多く、文化が大いに発展した。八幡様としては応神天皇の外に母君の神功皇后様我八幡様である場合もあった。鎌倉時代には武神として、源氏の守護神(氏神)として、祭祀された。)なろうと、愛宕神社の祭神(奈良時代の山岳呪術者で後に修験道の祖と崇められた役行者によって感得され、京都の愛宕山に火伏せの神として祭祀されて居るのが、本地は勝軍地蔵である。)が地蔵菩薩であろうと、氏神様に代わりがないとして、五穀豊饒を祈り、盆踊り、厄除け、百万遍(千八十粒の大念珠を皆で輪になり念仏を唱えながらまわし病気や悪事を払い、極楽往生を願う浄土宗の行事が一般化したもの)等を寺社に関係なく行事をしたり、又、憩いの場所としても利用したりして。寺に神を祭祀しようと、神社に仏を祭祀しようと別に異和観はなくなり、又、神とも仏とも区別し難い明王様も神様であり、如何に拝むかの戸惑いも次第になくなり、無頓着となり、面倒な拝み方より、信念や皆との付き合い等が大事とばかり自分の知っている[南無阿弥陀仏]=ナミアミダブツ・南無大師遍照金剛・南無権現様・大明神様・お地蔵様・・・」等を気ままに唱えるのであった。そして、それは、少しづつだが神仏に対する信仰形態を変化さして行き、日本流の信仰形態を作り上げていった。
その(一)は、神や仏を絶対視していた我々民衆も、一部の宗教家の云う、神仏の加護や加被(慈悲)を信じて、一生懸命神仏の呪文(小呪)や御宝号(敬称付のお名前)を唱えさえすれば、加護されて極楽往生が約束され、而も、輪廻転生なき永遠の生命(魂の安息)が得られ、不退転の喜びと安寧が得られると云う信仰形態に魅力をも感じ始めた。つまり、理屈抜きで「神仏は全て御見透しており、我々 を救済するのが神仏」だと理解し、神仏の簡単な呪文、御宝号等を唱えていれば何時かは専心成仏するとか、極楽往生ができるとか、天極へ生まれ変われるとかの考えに同調し始めた。
その(二)は、楽して得したい。しかも、なるべく人に迷惑をかけずにと。自分にも責任を回避出来る無難な方法は無いかと望んだ。誰でも思う都合の良い願望だが、この人間の本能的欲求をくすぐる宗教が現れた。
本来、万物は創造主で有る神仏に創造されたのであれば、我々人間も神仏の産物となる。創造主たる神仏とは当然完全智と完全慈を兼備した最高の人格神(人間味が有ること)となる。故に、神仏は我々の父であり母と為る理由だ。だとすると、何かは不明だが、神仏に通ずる特性が有ることになる。それが、人間の魂=精神=心であり、その善なる部分神仏に通ずると云うことになるが、人間の持つ本能(欲望)も考え方によっては神仏から授かった物であり、生存に必要不可欠な要素であった。
そこで、ひとまず、最高の人格神に近付く努力をすることを決心(発心)し、神仏の御心を思い量り、神仏の行動、威儀、作法、振舞等を真似て、口に神仏の御宝号や呪文を日々唱えれば、我々の魂の善性が覚醒され、神仏と感応し一体化が可能となり、神仏の加持を受け、生身の肉体のままで神仏の仲間入りが出来(即身成仏)、この世が密厳世界(浄土=楽園=パラダイス)に生れ変ると言う事に魅力を感じ始めたのである。此処では我々の本能や煩悩も浄化されて、現世利益も欲望も欲しい侭であるという捨て難い魅力と誘惑があったのである。庶民感情一般の「楽して得する」を満足させるものであった。その直接仲介役が、一部の「修験者・行者・拝み屋さん・・・達」であったのは云うまでもない事実であった。
真言宗の教義の解説によれば、成仏(仏になる事)・即身成仏にも段階があり、
(イ)「顕徳成佛」真の即身成仏のことを云い、不退転の覚性=真の解脱)を意味していた。
(ロ)「理具成佛」と云い、知的理論(科学的、哲学的に納得出来る理論)に於いて覚醒を得た段階。
(ハ)「即心成仏」とは煩悩を排し、浄心を得て、心に悟り(覚醒=納得)を得た段階。
(ニ)「加持成佛」とは刹那的成佛を云い、「一瞬、神懸りとなった状態」であると説明している。
顕徳成仏は不退転の成仏で真の解脱である。理具、即心、加持の三種の成佛形態は未だ退転の覚性である。又、最後の加持成佛は従来の「巫女や依坐、後世の修験者やイタコ、霊感、霊媒師・・・」等の不可思議性に正当性を認める根拠を与えて発言として注目すべき事柄であった。
その(三)は我々一般庶民の考えでは、飢てる時には百の説法より食い物や金銭を与えてくれる人や宗教等の方が「良き神様であり良き仏様」等となる本能的弱点も兼備えていた。つまり、我々を救ってくれる何等かの「互助制度や頼母子講等」が存在するか、鼠小僧の様な「義賊的な宗教」なのか否かが入信の動機としての選択肢になり易かった。又、事の善悪は別にして、身に降り掛かる火の粉(災難、苦悩等)を即除災してくれて、財や富を護り、自分に代って仕返ししてくれる「闇の仕事人的要素」がある宗教に魅力を感じる弱点があった。
これ等の我儘な要求を満たすことを専門とする宗教は何時の時代にもチャカリと登場しているのである。例えば平安朝中期の女流文学者青少納言の[枕草子]には悪霊払いや物怪払いや浮気封じ、呪詛返し等の話しが、又、宗教家の人寄せの為の売名行為の慈善事業等が彼女特有の社会風刺を交え語られてい事等から知ることが出来る。又、それが、陰陽道や修験者(密教系(台密、東密、法華密)、神道系、それを合体した両部神道、外に、何れにも属しない変態系もある。)系流等の似非専門家が既にその時代にもはや存在していた事を色々の文献から知る事が出来るのであった。
これ等とは別に、われわれは各種の宗教の開祖や高僧達による色々数々の慈善事業や救済活動、難事業等を成し遂げていた。それにより、多くの人々が救われ、今に至っても、その恩恵を受けている事柄が多くある事をも含味して置く必要がある。
さて、前記、三種の信仰形態の、
その(一)は、キリスト教のイエスの創造主的要素を除けば、儒教の「天の理」、道教の「道」等を思想背景として、源信の「往生要集」等を仲立ちとして世に流布して行った、西欧のキリストの天国思想と全くと云う程に類似する阿弥陀如来(無量寿如来=甘露王如来=阿弥陀仏 amrita)を本尊として、他力本願の極楽往生を願い、極楽浄土に甦生する事を願う、念仏宗、浄土宗、浄土真宗、真宗・・等の系流、又は、法華経のみを信じて、南無法蓮華経と唱えて、涅槃(極楽浄土に類似する仏国土)に至る事を願う、日蓮宗系(妙見、霊友、霊宝、創価学会等)等も、他力本願の専心念仏等に属する亜流と考えられる。
その(二)は、立て前の大日如来を本尊とする真言密教と天台密教、その本流の考え方の亜流である。
その(三)は、明王、天部、その他の神々、羅刹、その他の霊魂等を祭祀する神道や陰陽道の亜流で、密教の修験道や両部神道とその亜流等がこれに属する事になる。・・・・・等に分類できると思われる。
(参考、奈良時代の仏教は、南都六宗云われ、倶舎宗(倶舎論)、成実宗(成実論)、法相宗(唯識論)、三論宗(空論)、華厳宗(華厳経)、律宗(戒律)等を云う。論とは判教云い、自宗と他宗と比較を論評し、自宗の長所を論釈したもの、経とはその宗の所依の経典を云う、又、律とは宗団(派)の戒律をさす。
一般に、一つの独立宗派を創立する場合は、経、律、論を整えるのが通例だったようである。三蔵法師の三蔵とは「経蔵、律蔵、論蔵」の三蔵を翻訳出来る僧のことで、法師とは翻訳僧の功績に送る称号(位階)を云う。平安朝では、主に、天台、真言宗。鎌倉時代には、浄土宗、浄土真宗、真宗、日蓮宗、一行宗、融通念仏宗等が、更に、武士社会に受け入られ鎌倉、室町時代にかけて興隆した禅宗(曽洞宗、臨済宗)、江戸時代には隠元禅師の禅宗(黄蘖宗)等が何れもこの三蔵を整えていた。その外に時代別ではないが、近世では天理教、御獄教、金光教、大元教等の多くの新興宗教が乱立している。又、神道には、伊勢、唯一、白家、山王、法華、垂価神道等があり、その他、多くの宗派(神道流派)が仏教と同じく分派している。陰陽道は前述の通りであるが、鎌倉時代以後は、神道系の一派と見なされたようである。これ等の宗教も、一応、三蔵の代用的なものと思われる経律論体裁を整えたようである。だが、最近の新興宗教にはこれ等の体裁は全く無く、継ぎ接ぎの教理をもって乱立している現況なのである。)
さて、社会構成が少々複雑化し、貴族、武士、農民、商人等の階級分化が段々と慣習化しつつある時代の変化は、貴族達には権政の栄枯盛衰を目の当たりにして、その無常と悲哀を嘆き悲しませて、且っての栄華と極楽往生の夢を馳せさせた。又、武士社会となり。武士達は質実剛健をモットーとし清貧と忠孝を美徳するも世の下克上を憂えた。農民達は天災と人災の狭間にて悲劇のヒロインを演じたりしながら、妄想と取り越し苦労の中で失意を感じたのだろう。商人達は自己のみを頼りとし、損得勘定の中で商道としての社交術を磨き続けて行った。こうして、彼等は夫々の階層の考えにて、各々の宗教を選ぶのであるが、特権階級を除いては、全ての階層に通じる庶民意識が物差しの基準なって、各々の時代感情が宗教の選ぶ選択肢となって、各々悩みを存在さしていた。
その物差とは、[泣く子と地頭には勝てぬ]とか、[長いものには、巻かれろ]とか、[さわらぬ神に、祟りなし]とか云う言葉等に表現されていた。つまり、平穏無事を願う事とは裏腹に、特権階級に対する嫌悪感と、羨望、それに捨て鉢的感情とが重なりながらも、何とかなる、何とかしてくれると云う甘えの意識と、皆も一諸だからと言う集団意識と仲間意識、更に、難しいことは解らないので、偉い人に委せる方が得策だとの依頼や隷属感情等、御無理御尤もですという穏便主義、その割にはどうせ何を云っても聞いてくれる筈が無いと言う不平不満が鬱積した「無関心、無気力、無責任」等の感情に支えられていたと云えそうである。
こうした庶民感情は、
前記(一)の信仰形態を、表向きは専門家云うままに変態さして行った。祖霊を祭祀して、それを敬う供養法が、祖霊の安らぎを願う鎮魂法等が、邪霊にベンチャラをする供養法等となり、布施行、奉仕行等に様変わりした。鎮魂法は邪霊等の呪い、恨み、祟り、怒り等を鎮める為等と称しての、降魔調伏(悪魔退散、怨霊降伏)法・除霊浄霊法(御祓)・・・・等に魅力あり認めて受け入れ発展さして行った。
前記(二)は、自らの煩悩(悪心)を滅し、本有の善性を開発する目的が、変態化して賊心降伏(調伏)となり、現世利益の為に多くの悪鬼神達を総動員してあらゆる事柄に対処した。それは、宗教本来の目的を達成する為の覚者への道であり、人間としての人格完成への近道でもあった。故に、我々の現実的な欲求とは少々異質なものであり、又、何事にも速効薬とは行かなかった。だが、直接、霊媒や依坐等を通じて霊や神等と会話出来、更に、鬼神や悪鬼神達との付き合方を我々に教えてくれた意義は大きいが、逆の意味では、我々人間の「魂の分裂」を試みたのすきなかった。又それは、宗教が我々の「魂の統合」にて行える不可思議な力を誇張し過ぎた結果、我々はそれを誤解と曲解して悪用した為なのであった。
つまり、自己催眠の行き着くところは分裂症への道であり、仮に、事故によって意識が生命になったとしても、最高六時間の命(真の精神統一の持続可能最高時間)を獲保できて、只、恨みだけを報告する為の生命とは、何とも儚く、悲しい生き方なのだろうか。宗教が生を語り、死を語り、我々の心の平安を説くのであるなら、常に、真の正道宗教の開祖や祖師達の様に死と真剣に向い合いながら、我々の魂の安息と救済の為に、人生への達観と死への超越する方法等を、常に語り続けるべきであろう。
前記(三)は、我々人間として、これは絶対にしてはいけない事だと解ってはいるが、しばしば我慢の限界に達する時、カッと頭に血が昇り、我を忘れて取り返しの付かない事をしてしまうことがある。たが、大抵の人はそれを心中深く抱きながらも、自分の行為が身内や周囲への迷惑となる事を恐れ、自制心を取り戻しハッと我に立ち変えるのが普通である。
仮に、それでも我慢出来ない人は、この悩みを闇の仕事人に引き受けて貰うと良い。それは「霊媒師、霊感師、呪術師、祈祷師、神霊師」等を自称する者達の所へ行けば良いのである。彼等は異口同音に[それは、お困りですね。その原因は、全て、霊障が原因となっています。早速除霊祈願を行う必要があります。]等とか、[その原因は、先祖霊、親族の霊、無縁仏(祭祀する人が居ない霊)、水子霊、地縛霊、憑依霊、生き霊、怨霊、動植物霊、古井戸や古家の霊、餓鬼霊、その他の邪霊等の障りや神仏の祟り・・・・等が原因です、至急に、除霊、開運祈願等を行わないと、あなたの身(命)や家族に危険が及ぶ事となるでしょう。]等とか云うのが通例である。彼等に高い金を支払い、御祓等をして貰うと最初は「何かスキットした感じ」がするかも知れないが、一時的に自分の苦しみを他に転化しただけであるから、戦争や喧嘩と同じで時が立つにつれて、悩みは一層深まり雁字搦めとなり、パニック状態となり、自らの心までも分裂させられて、魔性や鬼神達の良き餌と成るだけだろう。魔性化した心(魂)は子孫にも受け継がれ事となる。何故なら「親に似ぬ子は鬼子」だからである。
我々が鬼神と如何に対応したかを二三の例から推測して見よう。
史実か否かは不明だが、前述の四ッ谷怪談の主役お岩様は、夫が浮気し、邪魔になった妻のお岩様が、髪結いの亭主的な夫に鼠獲りの石見銀山の毒薬にて毒殺されかかり、更に、その毒薬にて醜くなったお岩様を、夫が終には嬲り殺しにすると言う、実に恐ろしく悲しく悲惨な物語であった。
お岩様の「恨の念」が怨霊(死霊)となり、夫やそれに関わった者達を呪い殺したと云う恐ろしきパアーを持つ怨霊(死霊)で有名な幽霊が、お岩様で、何時も真夏の怪談のトップに選ばれ、芝居や映画等に登場する程である。不思議な事に今でもこの主役を演じる役者や俳優は、お岩様を祭祀し、お祓いをしないと、必ず不時な災難や死に方をすると云われている。
役者の優れ者は「演じる人物の心を知る」と云われるが、演じる者と演じられる者との心と心が通じ合い、お岩様の残存思念が演技者に憑いて、祟りとして起きる怪現象かもしれない。これが宗教の云う「目的を持った観想の世界=鬼神化等云う」現象の悪い模擬方法で、唯識の「習癖の世界・恐怖の洗脳の世界」なのかも知れない。
さて、同じ苦しみや悩みを抱える女性達には、お岩様程のその道に関しての良き理解者おらず、誰にも心の秘密が洩れる事はなく、而も、実に頼もしき相談役となり得る頼よりがいのある人(現実的な幽霊)はこの世には居らないと評価された。何故なら、彼女達からすれば、自分達の真の味方であり、心から祈り、悩みをお岩様が理解さえしてくれるなら、自分で手を汚さなくても、自分達の為に恐るべき妖力をも貸してくれる、誰に漏れる心配も無く、確実に実行してくれる、信じるにたる秘密厳守の「浮気封じ、縁切り、仇討ち、恨み返し・・・」等をしてくれる神様であり、救いの神「善神」だったからである。つまり、お岩様は、彼女等には実に霊験あらたかな[男の横暴を抑え、男への女の恨みを自分に代わって恨みの念を晴らしてくれる]、正一位お岩稲荷大明神であり続けたのであった。
(参考、お岩様が何故正一位稲荷大明神と呼ばれたかについては次の様な伝説もある。お岩様が信仰していたのが稲荷様で、その稲荷様(稲穂大明神+茶吉尼天、狐が眷属)がお岩様を憐れんで、お岩様に加勢した為、お岩様は恨みを晴らす事が出来たとも云われている。その為に、お岩様+稲荷大明神として祭祀されたと云われている。正一位はお岩様に対する最高の贈り名(最高の位階)だと云う。
又、こんな話もある。道教は人間の体には霊虫が三匹棲んでおり、頭に住む霊虫が上戸(じょうし)で、視力を弱めたり頭髪を白くしたりする。腹に棲む霊虫が中戸で、悪夢を見せたり内蔵を病気にしたりする。足に棲むのが下戸で、性生活を狂わすと言う。更に、彼等は庚申の日の夜には体内を抜け出し天に上り、夫々憑衣していた宿主の悪事を天帝に嘘を交えて報告する。天帝はそれにて人間の寿命を決定するとの話がある。平安朝では庚申の夜は三戸(さんし=三匹の霊虫)対策として、身を慎み、神を祭祀し、呪文を唱えて待つ「庚申待ち」行っていたが、中世以降は本来の姿は忘れられ、三戸=三猿(見ざる・云わざる・聞かざる)となり、更に、青面金剛と言う山王権現の化身となり、今では悪心を喰う厄病退治の仏の死者明王様として鬼門(丑寅)に祀られている。・・・一般庶民の信仰形態の変遷も興味深い。)
一説では、悪霊や魔性でも神仏の名を冠して祀れば、悪霊等は悪業を止めて善神化するのて、悪魔封じになるとも云われている。中国流の悪魔封じは「鬼神は敬いて遠ざける」である。例えばある家の主人が何もしない家廻り里周り等(青大将)と言われる蛇、青大将を殺してからは、家内に色々な不時な災難頻発した。これは私が蛇を殺した事が原因だと考え、蛇の亡骸を手厚く葬り、専門家に供養して貰った。その墓標は専門家にて「青蛇明神」と名付けられ、その男は一生それを供養し祀る事(中国流の霊封じ)を義務付けされたのである。生き物を殺すと言う行為に対して「悔悟、同情、憐れみ、畏敬、祟り、障り・・・」等の念から、いろんな生き物が神佛として祀られており、これ等は日本の各地に多く遍在している。
これ等の事は罪の意識が度外視され、邪霊等を祀り供養すれば、祟りや障りから逃れる事が出来るだけでなく、却って幸福を招くとの風潮となり、日本の独特の霊封じや霊供養が出来上がり、山川草木神宿るとの日本流の思想から、先祖供養以外の供養等をも専門とする宗教家等を胎動させたのも事実であった。
日本人の宗教観は「精霊崇拝・祖霊崇拝・神霊崇拝・自然の霊崇拝・餓鬼畜生の霊・有縁無縁の霊・化生妖怪・魑魅魍魎、山川草木の霊・怨霊生霊、道具食物衣服、玩具・・・・等々」をあらゆるものも崇拝する曖昧性と寛容性、優しさと憐憫、畏怖と悔悟等と強かさが混在し同居していた。
或る宗教が云うように、故意過失を含めて殺して於いても、即供養すれば幸福になるとは虚言である。それは深き悔悟の念があり、来世での良き甦生を願う為のもので、その人がその物(者)に代わり善行する事が供養であり、その人のその後の行為と人間性に問題があると思われるからである。
又、少々余談となるが、コルネリウス、アグリッパの近著[隠秘哲学]第一巻第五0章[感応とその技巧について]によれば「感応とは、妖術師の精神から、術をかける相手の眼を通じて、相手の心へ届く一種の連繋、若しくは呪縛である。妖術は精霊の道具、即ち心の熱によって生まれる最も純粋な血液に由来する、純粋な光を帯びた微細な蒸気である。その心は同様な光線で眼を通じて、絶えず送り届けている。従って、じっと視線を送る事によって、視力の先から他の者への視力の先へと向け、眼と眼が、光と光が互いに強く引き合う時に、人々に術をかけることとなる訳である。その時、精神は精神で結ばれ、きらめきを運び、それを留めるのである。・・・・」と。
彼の文から推せられることは、今日の霊媒の存在を想定し、受動的能力の持つ者であるとする。そして、霊媒(=巫女・イタコ等)師達の一部の者が、預言の前に催眠状態に入る者が有り、彼女は彼女の視覚や頭頂の一点を通じて相手の精神と感応するとして、感応のメカニズムの説明を試みようとしたのである。
確かに、見る事のデイナミズムは現代において多く実証されつつある実に重要テーマなのである。
東洋の哲学は、ダルシャナを語源とするが、ダルシャナとは周知の通り、[見る]ことであり、[百聞一見ニシカズ]云うことである。「見る」は「観る」であり「視」である。観察する行為が観想となり観念となる。哲学の思索方法が妄想を排し真理を直視することであるなら、或る面では我々の愛情表現と同じく言葉にての説明がなくても、愛情と云う不可視なものでも「雰囲気だけで見る、触れる等との行為がなくても」容易に好嫌の判断出来る能力がる。又それは、次元の低い宗教的感応の行為や催眠状態(陶酔境)となる感応の行為と著しく類似しているから奇異なのである。弘法大師空海の四種の即身成佛説に当て嵌めると、哲学的観想は、第二の理具成佛により近く、霊媒や巫女の観想(感応)は、より加持成佛に近い状態ではあるが、少々異質であり、彼女(霊媒=巫女=祈祷師)等の観想(感応能力)能力の優劣によって、術者として能力にも差異があり、当然、彼女等の人間性よっても差異が生じると言う不合理な存在となるようだ。
つまり、それは自己催眠・自己陶酔・自己妄想・・・等ともとれる精神状態だとも云えるものだからである。
さて、道場寺(天台宗、701年建立)の縁起(由来史)に[安珍清姫]は物語がある。安珍に仮想(横恋慕)した清姫(蛇性・化生)が、妖怪や鬼神に変じてその思い(恋情)遂げたと云う物語である。人の情念が妖怪や鬼神に変化するかは疑問だが、この話は逆で、魔性の者(蛇性=化生)が人間に仮想(横恋慕)し目的を遂げた清姫の心は、正に「愛執に恋縛されて」鬼神化魔性化を成就したと言うべきだろう。魔性の者清姫に睨まれた蛙としての安珍との恋物語「娘道城寺」等として語られている。
当時の宗教界では(僧は妻を持つ事は禁じられており、女人禁制の不邪淫戒が課せられていた)僧(安珍)には、恋は重罰に値するものであった。化生の清姫にとっても神仏の罰にて無間地獄に堕ちるとされ、妖力も剥奪されると言う重罰があり、魔性の者でも死を賭しての恋だったのである。
我々はこの物語から往々にして、自分達の立場と置かれた環境の都合にて解釈し、善悪をも創作し、鬼神達を利用せんとした企図を思い起こす必要がある。
又、節分の恒例の行事は道教からの伝承であるが、豆撒きにて[福は内、鬼は外]と、貧乏神の如く豆で厄介払いされる鬼が一般的だが、或る地区では[福は外、鬼は内]と、福の神の如く歓待される鬼もある。人々の心(魂)が単純なのか複雑なのか、又、邪性(鬼神)神であるのか、善神であるのかを深く考えないのか、無頓着なのか、無邪気なのかは判じ兼ねるが、どうにかして、自分達の為に、御利益を与えて下さる神様に成って貰おうと、骨身を惜しまない労力と知恵を絞ったようである。此処には、鬼道法が庶民側には時代時代にて変化する宗教の言葉とは裏腹に、利益を与える鬼神こそが善神であり、鬼道師達の甘言にもめげずに騙された振りをして「宗教の正道として受け入れて」庶民独自の宗教観を身に付けて行ったようだ。為に、自らの宗教観にて本当の善神仏の何たるかも知らず今も迷い続けているのである。或る一面では我々庶民の優しさであり、秘めたる反抗心かと思われる。
日本のお化けを分類すると、大きく二種に分類出来そうである。一は幽霊、二は妖怪である。
(一)幽霊とは、恨みある相手にその妖力を駆使して、仕返しする怨霊の事を云い。
(二)妖怪とは、先ず人々に警告し、それを無視した者に祟り罰すると云われる精霊の事である。
だが、その後、日本には種々なる渡来の悪魔が来て、日本の「お化け感」に加味され、それが様変わりして邪性のもの全てが「悪鬼=魔性の者」となったらしい。
宗教が云う如くなら、邪神も妖怪も幽霊も自然の摂理を護る番人であり、護法神であり、我々の守護神等として存在があり、我々は邪性神達でも正しく在るべき姿にて覚智しなければならないのであるが、此処にも文字通り信じられない宗教的な方便と深い真意が隠されていた。
前述の枕草子や御伽草子等の[神の怪は陰陽師、物の怪は修験者]とは、陰陽師道教系の神官達であり、修験者は神道や密教系の行者(修験者)や山伏達の事にて、神の怪とは、神霊(天、風、水、火、雷、地等の自然現象の猛威=神や明神等。狼や大杉等の動植物の魂魄や精霊=大神や明神等。奇魂や幸魂等の祖霊や神々の魂魄=命神や皇大神、王神、正一位・・大明神、大権現等。怨霊や厄災や役病等=御霊神や天神、忿怒神、明神、厄神・・・等)等々を指していた。これ等の神々が祟り呪うと云う意味では自然災害天災的要素を除けば、我々祖先にも非があり、呪い祟られるのは当然と思われる事も多かったのである。これを鎮めることを専門としたのが陰陽師と言う意味となる。
又、物の怪とは神の怪以外の生き霊、死霊、怨霊等を指し、主にそれが祟ることによって、ノイローゼや病気(特に胃腸障害・泌尿器官・皮膚病等の疾患)等になるとを信じていたようだ。その他に[方災(方違い)・禁忌(物忌み)・夢魔(夢違い)・・・]等も物の怪と同じ部類等と思われていた。修験者はこれ等をお祓い除霊、お加持念誦、加持祈祷、護摩、布施、餓鬼供養・・・等々をしたりして、不衛生なもの、不浄なもの取り除き、それを除災し、淨なるものとする事等を専門とする掃除屋さんが、修験者(行者・霊媒師・山伏・拝み屋さん)達だと言う意味となる。
要するにこれは、我々が不都合な行為をした付けを専門家に回し、障らぬ神に祟りなしを得意とする生き方であり、昔も今も庶民の巧緻に長けた上手な生き方は余り変わっていないと云う事だろう。或る意味では、彼等は我々にとっては良い意味での「無医村の医者的役割」を立派に果したと云えるであった。
そもそも、諸宗教が[邪悪な者]と断じ排斥しようとしたのは、自宗の信ずる神仏以外の神々や民俗信仰(俗信仰)の神々であった。そして更に、我々の心にも同様の邪性を見つけ出したのである。だがそこでは、宗教側の云う[邪悪なもの]と我々庶民の云う[邪悪なもの]とにかなりの相違と隔たりが存在していた。
その隙間を埋める役目をしたのが、呪詛の専門集団である「鬼道師達や魔術師、霊媒や霊感、占い術師達」等であった。その隙間の埋め方はある面では、現実的で科学的であり、経験学としての生きる知恵と勇気を示唆するものであったが、他面では[本命論や宿曜説、定命説]等に偏り過ぎて、縁起論=因縁説=本命論=「変易―無常―無常―空しい―無情―厭世―輪廻(あの世に期待)」等となり、人間の努力や精進を軽視する怪しげなものに様変わりさせて行った。更に、彼等は我々の現実の変移変転を無情と嘆き、運命の起伏、運命への挑戦をも邪性(鬼神、煩悩、神の怪、物の怪、宿業)等の仕業と掏摸変えて、その等は全て「怨敵であり、敵対する者、害するもの、怨念、邪念、怨霊生霊・・・」等々として、如何なる手段を用いても、彼等魔性のものを倒そうと「攻撃、排斥、防御、支配、懐柔」等をし、呪文、マジナイ、祈祷等の行為を根気良く飽きもせずに繰り返すのであった。我々庶民にも、それが己の欲望の充足であり「ストレスの解消」等でもあり、何もしないで手を拱いているより何かした方がましだろうと、幸福への道、物の豊かさを得る唯一の道だと突っ走り始めたのである。
つまり、悪い事とは知りながら、衝動に駈られ、庶民も宗教家も鬼道師達も犯してはならないタブーな神秘で魅力ある幻想や夢、理想を現実化する芸術、技芸、技術、文化等の世界(心の世界=脳世界)等を覗き見た。それは又、妖怪や魑魅魍魎の棲む恐怖の魔界等をも覗き見る結果ともなったのでのである。
実は、その異なる二の世界は一の世界に共存し絶妙なるバランスを保っていた。宗教家が云う如く、陰と陽の如きものだが、我々がある物をその中から探し出し、それを使用したいと望む時、その世界はある時はその使い方を教える厳しくも慈愛に満ちた先生となるが、その使い方を誤れば恐ろしき魔界を出現さし妖怪達により我々を警告する。それでも駄目なら、巨大な妖力を持つ破壊神にて破壊すると云う、正に理(摂理)に適った不可視で、不可知な世界であり、我々の在り様にて飴と鞭を与える恐ろしく厳格な先生でもあった。その摂理とバランスある不可思議世界は、元々少々何れかに片寄って存在するのが一般的だが、庶民も宗教家も鬼道師達の仲介にて、自らの心(精神=魂)を欲の為にて、完全なる片寄りを実現し、魔性化悪鬼神化を成就して、心中の鬼神達の警告を無視した上に、鬼神同志を戦わせ、悪鬼神を武器として呪詛合戦を繰り返さして行った。これは決して、因縁や霊障りや祟りと云うものででなく、両親からの遺伝と過失、故意を含めた自らの成した行為(悪業)そのものに対する報いであり、一時期でも心を悪鬼神化した為の高い代償なのであった。
又余談となるが、我々の体は「約60兆程の細胞」から成り立っていると言われている。我々の遺伝子が現在の形に進化する迄は「何十億年」と云う歳月を掛けて地球環境への適応と生命維持の戦いの歴史が必要だったのであった。
原始の地球が硫水の海で満ちていた頃、その海に硫化水素を餌として炭酸ガスを吐き出す青酸カリ系の猛毒の体を持つバクテリア(細菌)が生存し始めた。そのバクテリアの一部が、地球が冷え塊だした頃に、地球環境に適応せんと企図し、自らの生命の自衛手段として集団となり、柔らかい膜泡の中で共同したら核を作る事となった。他方、バクテリアの一種のミトコンドリアは、太陽の光と炭酸ガスを利用し光合成にて餌食料を蓄える事をマスターし、酸素を吐き出し始めた。その為、次第に地球上に酸素が充満して行った。
これは青酸系のバクテリアにとつては生命の危険をも意味した。彼等なりに共存共栄の方法試行錯誤したのである。偶然にもその役目をしたのが、地球の分身である月である。月は今よりも地球の近距離にあり、海の水(硫水)を最高に撹拌していた。そして、出来立ての陸地に水泡を多く創り出した。この泡の中で、青酸系の核を持つバクテリアはその体内にミトコンドリアを取込んで共存し、酸素をエネルギーとする遺伝子を形成して分裂と成長を繰り返して行った。こうして、長い時の流れを経て、やっと、地球上の生物が誕生し始め、自然淘汰されながら、進化して、現代の我々の遺伝子をも形成して行くこととなつたと云われている。
全く異種の陰と陽の様な正反対の性情持つバクテリアが、我々人間の遺伝子であり、他の生物とも同種とは感慨無量である。正に、宗教の云う「因縁和合の世界」そのものである。又、我々の生命そのものが、彼等に依って生き生かされて居ると考えるなら、彼等はチャカリと遺伝子として、輪廻し、子々孫々に至る迄生き延びるとも云えそうである。この意味では、我々も子孫と共に輪廻転生するとも云えそうである。進化はその過程で猿を作り、その中のチンパンヂーの亜種が、地球の造山運動で、アフリカ草原のチンパンヂーの一族が、偶然にも立って歩く歩行をマスターし、脳が発達し、知能を持ち、道具を使用し、社会集団を作り、現代の人間となったのである。
さて、これ等の意味から「共通の遺伝子」等を持つ地球の生物は、我々人間と同胞であり、兄弟姉妹言うことである。我々人間の遺伝子となったバクテリア達とその他の微生物と共存共栄の構造体(因縁仮和合体)にて、更に、それ等を主宰する感情を持ち、その感情と姿容を以って、バクテリア達と共に子孫に受け継がれ退化進化を繰り返し(輪廻転生)自然の適応の中で生きて来たとも云える。又、進化した人間が一心に「何かになりたい」と念じるなら、どうも同じ遺伝子や元素構造を持つ以上、共振作用等も有り得て、どうやら、それも可能だとも云えそうである。只、この遺伝子は片方だけでは生きられ無い構造なのである。
だとすると、我々の生命(魂)は宗教(仏教)の云う如く、因縁仮和合なら正しい表現となる。逆に、死後も霊魂が存在すると云うのであれば通常はほんの短期間と云うことになる。それでも、霊魂が存在すると主張するのなら、それは奇形であってこの世の生き物ではない。異次元的存在なら我々には通常の方法では覚知することは勿論出来ない。ここが問題なのである。
この理論では、仮に、この世は霊魂として残存して生きようとしても生きられ無い環境なのである。それでも、霊魂は寄生虫的生き方が出来得るのではないかと云う事になるが、その者は全く異質なエネルギーを持つ超変態的な者だと云えるかも知れないが、魂とは肉体無き精神の事であり、肉体無くしては永遠に個性を持ち続ける霊魂が、この世に存在すること自体が不可解で、不可能であると云えるものである。只、同遺伝子の共振作用にて、我々の記憶の中か、催眠の世界にて、或いは、夢の中に残存思念的に、或るいは、エネルギー化した残存思念として、習癖の有的幻影体として残る事は可能なのであろう。
何故なら、それは我々が若し極普通の心にて、永遠なる生命、不滅の魂が得られる事を望むののであれば、光としての神仏との同化合体より道はなく、我々の遺伝子が思考錯誤したのと同様に、光から生まれ、光の恩恵にて育ち、光そのものに帰ることを希求する事であり、それは、大いなる環境の変化(最大の変化は死)と大いなる意志(光との感応を可能とする自己催眠)が必要であり、行き着く目的地は我(自我)の無い世界であり、生命(魂=心)有無すら不確認な世界に「霊性」として至り、其処に存在する事は可能かも知れない。これは高得ネルキー体となる事であり、偉大なる霊格か要求されるのは当然であろう。
さて、前述の如く、宗教も我々も鬼道師達の洗脳を受けて、ブレーキの効かない車の如く、歯止めなく暴走し始めた。それは我々庶民が正道の宗教の云う事を聞かずに、否、或る程度は理解しながらも、一部の邪悪な鬼道師達の甘言を傾聴して過大評価したからである。それも一部の人々だったから日本は何とか曲がりなりにも発展出来たのも、先祖様達賢人の研鑚の賜物である。只、今は憂いある時代である。
(一)鬼神化し魔性化した心にて、一部の人が喧伝するように、全ての幸不幸の原因や災難や事故に遭うこと迄が「因縁の障りや怨霊の祟り」等に有るという事等を容認するなら、本命説や定命説を更に決定付けて、人間の向上心、自立心は無視され、神仏しかこれ等を救う事は出来無いとの考えに至り、他力本願的因縁説と、自分は何も悪くは無く、全て周りが悪いと云う依他起性的因縁説等を是認した事になる。其処では確かに、我々人間の存在意識も希薄となり、頭の中もカラッポとはなるが、悲劇のヒロイン的演技だけは胴に入った者で、恰も、白痴の症状にて、周りの世話や介護等なしには生活出来ない人々の様で、他よりのお節介や支配等に陶酔した振りをし、恰も、忘我の世界にて、夢想する「躁鬱病的人間「等を多く創り出したに過ぎないのであった。
(二)鬼神化した宗教家が、悪鬼神を最高神として敬神し、我々に入信を進めた。その結果は鬼神の名のもとに邪悪神を教化して「護法神や守護神」等としたことになる。又、賊心=煩悩=鬼神等を精神統一や悟りの邪魔をする最悪なものとして、撲滅や排除する為に考案された呪詛法は、本来の意味からは実に素晴らしき方法であったのだが、悪口造言を云われ、非難され、悉く曲解されて行った。何故なら「鬼神を教化するのは善神でなければならない」からである。そうでないなら、イザという時の歯止めにはならず、喰うか喰われるかの悪鬼神同志の単なる呪詛合戦となってしまうからである。我々は不幸にして、後者の道を選択した。その結果は善神も悪神も同レベルで論じられ、後章の「次ぎの(二)宗教と鬼道」仏神論等にて解説する問題が残されたのである。
かくして我々は、全てのものに対立と執着、調和と差別等を見て我執に囚われた。それは又、今後の課題である「共生と輪廻の原理そのもの」を忘却して解釈し、納得しようとした為だからである。そして人と物との関係性、文化的価値観等をも、各々の価値観、即ち、我々の精神作用である物事の理を知る[知]と、物に感じて心が動く作用である[情]と、知情のもとになる意識[意]等をも比較して対立させ、人間の倫理を人間の都合にて変革することに固執し続けて行ったのであった。
人間も動植物を喰い、地球と言う環境の中で生活し、生命エネルギーを得て生活する動物である。そこには共に生きることの感謝を忘れ、独尊と傲慢を以って自負し、誇りとした生き方をするなら、それは、悪鬼神や邪性の生き方と同じであろう。
仏教の我法二執であっても、人間本来の物事のことわり(理)を明らかにする知恵である[情知]と、恩愛から生じる人と人、人と物との繋がりを感じる[愛知]の考察が今、必要だろう。
つまり、仏教で云う所の佛智に「善因善果・悪因悪果=縁起空」の解釈に共存共栄の思想を取り入れ、仏の慈悲に「回向光臨」の解釈等に「善性循環輪廻」の思想を組み入れることが、今問われているのである。科学的で無くてもこれが本来日本人の智恵であり我々の魂の拠所だからである。
さて、科学者達は今迄の間に地球の全てをコントロール出来ると考えて、悪魔の科学技術駆使して、全ての面で地球を食い尽くしてきた。そして現代、世界の人口が二百億を越える弐千五拾年頃〜六拾年頃には地球は確実に破滅し、人類も破滅するだろうと言う危惧し予測する科学者や宗教家等も出始めた。
確かに一理無い事も無いが、全て変革と創造の時期に来ており、今は、新しい哲理と規範が必要としていると云うのが正しい言い方だろう。
では如何すれば良いかとの問いに対しての回答は、全て「・・・・・・・。」 であったのである。
それは今迄述べて来た事でお解り頂けたように、救世主の到来を待つとか、最終戦争とか、ハルマゲドンとか言う低次元のものでは決してない。やがて来る環境問題を含めた切実な問題提起と、その対応が必要なのである。
実際には彼等が迷信として、悪魔等として排斥したものの中にその答えがあり、正しくは「情知と愛智の考察」即ち「共生と輪廻と循環の原理」の哲学的考察にその回答があり、神秘のベールに覆い隠された「生命の謎」を解き明かしていく事が、我々が、又子孫がその解決策を模索できる方法なのかも知れないのである。