
易の字義については異論も多々あるが、概ね、(1)日と月を竪に併せたもの、(2)蜥蜴〈トカゲ〉の象形文字で、蜥蜴が周囲の色に逢わせて一日に何回も変色するカメレオン的なもの、つまり、変易(へんい)等の意味が定説で、易とは変易の義で、宇宙の森羅万象の日々の変化を表すとの意味となり。この理を系統的に考察したものが「易の哲学」という事との意味だとの解釈である。
もともと、陰陽説とは、森羅万象を「鋼と柔」に分けた単純もので有ったらしいものが、既に、繋辞伝では「一陽一陰を道と云い、天地万物の変化は消極性と積極性との消長にあるので、如何なる事物も事象も、その変動変易も、この二性(陰と陽)の相合し、相離れるの理に支配されており、消極性が陰であり、積極性が陽である云々]等と発展的な解釈している。又、宋の儒学者朱子は「天地の間、陰陽にあらざるはなし。一動一静、一語一黙、皆これ陰陽の理。一物として陰陽乾坤にあらざるはなし、至微至細草木禽獣に至るまで亦牝牡にも陰陽あり」と断言している。
仮に、解りやすく宇宙の万象を正反対の性質の陰と陽に分けてみると、
陽〈剛・積極性・儀(両儀)〉、、天 太陽 男 表 昼 強 動 明 実
陰〈柔・消極性・儀(両儀)〉、、地 月 女 裏 夜 弱 静 暗 虚、、なるとの意味である。
万物の本源が太極で、太極は象数が未だに形になってない、ドロドロしており、混沌した状態で、その中にも理は既に具わるとし、そうした絶対の境界を総称して太極と言い、分かれて両儀となり、両儀とは陰と陽で、両儀(陰陽)の中に更に陰陽があり、陽中の陽を太陽、陽中の陰を少陽、陰中の陰を太陰、陰中の陽を少陰と云い、これを四象と云い、これ等を春夏秋冬の様だと表現している。四象の中にも陰陽があり、分かれて八卦となるとの理論から発展して行ったのが、俗に云う「周易と卜筮」である。
もう少し詳しく説明すれば、これは河図洛書にのっとりて作られたと伝えられ、八卦は両儀を開いたもので、乾、兌、離、震、巽、坎、艮、坤と云い。物の象としては、天、沢、火、雷、風、水、山、地とし、これを卦象とする。これを無形の徳に配当すると、健、説麗、動、入、陥、止、順となると云う。
図示すると、
〈太
極〉
〈両
儀〉
陰
陽
〈四
象〉
太陰
少陽
少陰
太陽
〈八
卦〉
坤
順地
艮
止山
坎
陥水
巽
入風
震
動雷
離
麗火
兌
説沢
乾
健天
易経の主旨によれば、
を陽爻と云い、
を陰爻と云う、
は奇数で積極性、
は偶数で消極性を表す。これを「天・人・地」の三才(三爻)に重ね合わせ、
乾 と呼び、陽爻の重なりで、強い為に天や鋼や男とする。
は坤と呼び、陰爻の弱きもの重なりで、柔や地や女とする。
は震で、柔の重なりで、剛を圧する姿である。つまり、地に陽気の動く形であるので雷とする。、、、、、この様な案配ですので、以下同様にご推考下さい。
この三爻からなる八卦に、更に重ねて六爻にすると、二の六乗となり、六十四卦に変化する。六十四卦が夫々、六爻からなることから、三百八十四爻に変化する事となり、、、無限の広がりとなって行くと云う。
六十四卦の中、重乾・重坤・重震・重巽・重離・・・等の八卦は単に乾卦坤卦等と呼ぶだけでなく、上下卦異なるものには屯(ちゅん)や蒙(もう)と呼んでいる。丁寧に云えば、卦象にて上下の卦を呼んで、水雷屯や山水蒙等と呼んでいる。
とにかく、易経は六十四卦、三百八十四爻の陰陽の道理を示し、文王は六十四卦の夫々に彖辞を掲げ、周公は三百八十四爻に象辞を掲げている。この解釈書は上彖伝、下彖伝、上象伝、下象伝、繋辞上伝、繋辞下伝、文言伝、説卦伝、序卦伝、雑卦伝があり、何れも孔子の作であり、易の十伝、十翼と云い。伏儀・文王・周公・孔子を易の四聖というのである。
古聖の見解の一例を上げて、陰陽説〈易〉の説明を試みると。
『乾の卦』を掲げると、上卦
下 卦
(乾下乾上)
☆彖辞、元亨利貞=おおいにとおる「元(オオイニ)に亨(トオル)の義」は貞(貞正)によ(利)し☆爻辞、★初九は潜竜なり用いる勿れ。
※註釈
《爻辞の初九九二九三などと云うのは、易は逆数を取り、卦の最下位を初、次を二、次を三、次を四、次を五、最上を上とするからである。又、陰と陽は、奇数の九が陽、陰を六とし、下から初九、九二、、、となるのである。》